2016年4月2日土曜日から母の悪性リンパ腫寛解を祈願してスタートした四国八十八か所巡り。
閏年とあって、第88番札所の大窪寺から逆打ちをしました。
主に土日や祝日をつかって約3か月かけて1番札所の霊山寺まで回ることができました。
残すは高野山の奥の院。来月8月に宿泊の予約を入れて白浜にも行く予定です。
今日は、今回初めて四国八十八か所を巡ってみて、記憶に残っている納経所の方の言葉をピックアップしてみたいと思います。
四国八十八か所巡り 記憶に残る納経所の方の発言
「いいですよ。ボク、好きなだけ持って行っていいよ。」
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これは折り紙で作られた綺麗なコマがかごに入れてあり、「ご自由にどうぞ」と書いてあった納経所での話です。うちの長男がコマを手にとり、弟の分もと何個も持って行こうとしていたときにかけてもらった言葉です。
「お参りはもう終わられました?」
「はい」
「じゃあ、もう一回お参りしてきてくださいね。鐘はお参りする前につかないと、してからついたら厄を全部もらって帰ることになりますよ。」
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納経所でお納経をいただこうとしたところで、主人が子どもと鐘を鳴らしてしまい言われた一言です。主人たちにはもう一度お参りをしてもらいました。
「はい、次はどれ?イライラして間違っても知らないよ。私がイライラしたら知らないからね。」
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団体の方の納経帳をまとめて持ってこられていたツアーの方に、何があったのか物凄く不機嫌にイライラMaxで対応されていて、納経帳を渡すのが恐かったです。
「これは誰のですか?」
「母のです。」
「どちらにいらっしゃるんですか?」
「実家で入院しているのですが…」
「ダメです。一人1冊。」
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6人で巡って納経帳は2冊だったので、外で子どもをみてもらっていた主人を呼んできて何とかお納経をいただけました。
「何歳ですか?」
「1歳です。でも、標準よりかなり重いので…」
「お母さんがいいトレーニングだね。」
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子どもが眠くてぐずっていたので、抱っこひもでおんぶしてかなり長い石段を上がったお寺で言われた一言。とてもきつくて体は激重だったのですが、心が軽くなりました。
「よくここまで回られましたね。あと少しですね。お気をつけて」
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言葉だけでなく、優しい表情で気持ちがよかったです。ここまで頑張った、もう少しだ!と改めて自分に気合いを入れるきっかけをもらいました。
その人の生き方が顔つきや雰囲気を形成する
温和か、はたまたきつい性格か。
人は生まれてすぐかた数十年は両親からもらった遺伝的要素が強くその顔を形作っています。
それが、人生の折り返し地点を過ぎたころから、持って生まれた素材よりも、その人の考え方や生き方が顔に強く表れるようになる。そんなことをよく感じます。
私自身、ちょっときつめの性格だと思うのですが、それは顔つき、表情に出ているように思います。
日本昔話などで、心優しいおじいさんおばあさんと、意地悪なおじいさんおばあさんが出てくると、いかにも優しそう、とか、意地悪そう、とか、それとわかるような容姿になっています。
実際の社会でも、顔つきにその人の生き方が出ているように思います。
私は80歳まで生きることができるとしたら、人生の折り返し地点を過ぎたところです。
これからは持って生まれた素材的な要素よりも、生き方を映し出していくと思うと、意地悪ばあさん顔にならないように心がけていきたいと改めて思うのでした。